2019年06月30日

世界遺産「富岡製糸場」

今日は雨予報の一日

インドア歓迎の施設に行ってみようという企画。

世界遺産である「富岡製糸場」にやってきた。

 

 

下道を1時間半
地元と富岡の距離の近さを思い知った。

富岡に到着して、やっぱり路地が気になる。
どうしても呼ばれて吸い込まれるのだ。

ほーら。
路地裏にはドラマがあるんだよ。
誰がなんと言っても、路地裏最高。

そして、料理長に呼ばれて吸い込まれる定食屋ww 
暇なマスターに呼ばれるのも悪くないな…と思いつつ絵Tん
ところが、単なる定食屋ではなく、とてつもなく手間の掛かったランチを出す店だった。



前菜のサラダ。
良くあるサラダ…無農薬…オリジナルドレッシング。
ところが…

お切り込みを食った瞬間…異次元。
ワシのバカ舌でも判るような味わいと複雑さ。
数日前から仕込んだ出汁に野菜を合わせて作っているとの事。
薄いんですよ。塩味の濃さは。
でも、出汁の旨みが濃い。本当に濃い。


箸休めの小鉢も、しっかりとした細工がされて、びっくり。



極めつけは、カレー。
コレ目当てに訪れる方も居るとか。
スパイスで美味さのバランスを取るインドカレーに対して、いわゆる欧風カレーの王道を味わう事ができる。
数日煮込んだであろうビーフのホクホクな感じにはただただ脱帽だ。

腹ごしらえを終えて、ついに核心部へ…

お蚕様は偉大だった。
明治の政府を揺さぶり、多くの資金をこの富岡の地に降らせ続けたのだ。
これが昆虫パワーと呼ばずして、この集中投資をなんと呼ぶのだろうか?
多分、かの渋沢栄一公もこれほどまでの効果は予想していなかったに違いない。



古い機械を利用しての生糸への製糸作業。
本当に複雑で大変な作業だ。
岡谷を舞台にしたああ野麦峠を思い出したぜ。



江戸から明治へと激動の時代に絹産業のフラッグシップとして産業界というか日本を牽引していった富岡製糸場
昭和の中頃から一斉に花咲く化学繊維産業にその活躍の場を譲り、静かにその役目を終えて行った訳で。
廃坑や廃線、廃工場と言ったかつての産業を支えた施設の亡骸と何ら変わりは無い。
しかし、この施設は役目を終えた後に、後世にその史実を伝えるという役目を担ったという事。
それが此処を静かに朽ち果てさせてくれない大義だ。



富岡製糸場を出ると、お楽しみの路地探索。
どんな路地裏が待っているのか…ww

富岡のこの界隈。
やはり、大企業の陰に歓楽街アリという事で。
狭い路地の奥には、富岡という待ちに似つかわしくないような数の飲食街がある。
まぁ、シャッターが降りたままだったりもするが、かなりの数が未だに現役だ。



そんな路地裏に付き物は、路地を根城とする野良猫
子猫が親猫に諭されて「こんな怪しいヲッサンには近寄っちゃ駄目!」って教育されているのか、3m以内には近寄らせてくれなかった。

さて、次はどんな街に行こうかノヲ…

posted by lantur at 20:52| 埼玉 ☔| Comment(0) | 飽食紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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